【私は私を生きる】決して不幸ではないけれど、心のコアな部分が満たされなかった。

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セラピストの悩み解決エピソード(その1)

〇人との付き合い方が分からない

〇決して不幸ではないけれど、
心のコアな部分が満たされない

〇意地っ張りな割には、
人目を気にしてビビっている

〇全然大丈夫じゃないのに、
平気な振りをしてしまう

〇これといって理由はないが、
正直、生きること自体がつらいと感じている

 

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これ、過去の私(まなべ)です。

 

ここでは、過去、眞鍋がどんなことを悩み、
その悩みをどのように解決してきたかを
綴っています。

できるだけ時系列通りに書きたいと思いますが、
なんせ思いついたものから書くので
時系列通りに読みたい方は、秋に出る本を
お読みください。

 

 

生きたいにこだわった

ある時、私は抜け殻になった。

仕事もない、お金もない、ご飯もない。

なにもない私になった。

あるのは実家という「箱」と自分の体。

 

実家で一人、大の字になって目を閉じ
静かな空間に身を任せる。

 

 

「私、こんな大人になりたかったんだっけ?」

 

そんな思いが脳裏をよぎった。

 

 

 

「これから、どうしよう?」

 

働く気力を完全に失っている。

病気ではないと思うが、
精神衛生上よくないことは分かった。

 

 

 

死にたいと思ったことはない。

だが、私は無意識にそちらの方向へ
人生を歩ませてきたようだ。

その結果が今(2009年)。

 

実家で一人、大の字になり
静かに自分の鼓動に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

トン、トン、トン、トン、トン。

 

「あー。私は生きている」

 

 

目を閉じて聴く自分の鼓動に、
自然と涙が溢れてきた。

 

トン、トン、トン、トン、トン。

 

「私は生きている」

 

 

 

これまで家族の最期を見送ってきた。

母、ひいばあちゃん、ばあちゃん、じいちゃん。

幼い頃から「生きていることが当たり前ではない」
と知っていたのに、ここ数年、その大切なことを
すっかり忘れてしまっていた。

そして、この度、めでたく抜け殻になって
それをようやく思い出した。

 

 

鼓動を聴き続ける。

 

 

 

「私は生きているし、私は生きたい」

「このままでは私の人生終われない」

 

 

自分の人生のど真ん中に
魂が鎮座した・鎮座させた
(胆が据わった・胆を座らせた)
瞬間であった。

 

 

 

 

エピソードは続く。

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眞鍋 舞
高校教師(理科)を経て、セラピストの道に入り2006年に起業。10年間で5000名以上のカウンセリング経験あり。自身の人生迷子経験から心の手当て・お手入れの重要性に気づく。「自分を幸せにできるのは自分」をモットーに、自分で自分の心をお手入れできる人を育てています。