被害者意識を手放したら、人とのコミュニケーションは自然とうまくいく。

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被害者意識を手放したら
人とのコミュニケーションは
自然とうまくいきます。

 

人とのコミュニケーション

職場、家族、パートナー etc.

大切な人とバトルしたいわけじゃないのに・・
意思疎通を図りたいだけなのに・・
どうしてうまくいかないのだろう?

 

それはあなたの心の中にある
被害者意識が原因かもしれません。

 

 

被害者意識を抜け出したら、あなたを取り巻く世界はあっという間に変わる

たとえば、あなたの言葉や言動が誤解をうんだ時

誤解された、と相手を主語にするか
誤解させてしまった、と自分を主語にするか

によって、あなたの現実は変わってきます。

 

物事を能動的に捉えるか
受動的に捉えるか

ちょっとしかことなのですが大きな違いです。

 

 

誤解された、という受動的な考え方。

そう思う根っこにあるのは
「私は可哀そう」という被害者意識。

自覚のないものがほとんどですが、
物事をすべて受け身で捉え
他者や環境のせいにしています。

 

被害者意識であり続けると幸せなれないし
いくら自己啓発なことを学んでも
自分自身そして自分を取り巻く世界は変わりません。

その一方で、そこから抜け出したら
あっという間に、自分を取り巻く世界は
素晴らしいものへ変わっていきます。

 

とはいえ、人は感情の生き物

あの人嫌いー!ムカつくー!
あの人が苦しめる・・

イライラ、モヤモヤ、どんより悲しい

感情がドンドン突き上げてくるのは仕方ない。

感情は好きなように
思う存分感じてください(^^♪OK

感情と事実は別モノなのでね。

 

 

なぜか被害者意識であり続ける理由

無自覚とはいえ
被害者意識であり続けるにも理由があり
それは

「だって私は悪くないもん!」という気持ちが
あるからです。

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私は悪くない。

私の話を聞いてくれない相手が悪い。

私を認めない相手が悪い。

私を受け入れてくれない相手が悪い。

さもしたら、相手が悪だ
という考え方にもなりかねます。

 

自覚があるかどうかは別として
心のどこかにこのような気持ちがあります。

 

だけど、それを続けていると
幸せは遠ざかり、一向に掴めません。

人生を変えたい、
幸せになりたいと思っても
被害者意識を望み・選んでいる以上
「私は可哀そうで被害者である」現実を
創り出すことは当然の流れ。

職場を変えようが、パートナーが変わろうが
現実はさほど変わらないかな。

 

 

大切なのは、自分の捉え方

主語をどこに置くかで、
物事の捉え方は変わります。

自分を主語にしたら
自分で変えられることがあることに
気づくことができます。

 

 

私たちには自由意思があります。

何を思い、何を考え、どうするか。

物事をどう捉え、どう受け止めるか。

そのすべてをあなたが選択できます。

 

なにか困ったことが起きた時に

「私って可哀そう」と被害者意識のままでいるか

「いや、待てよ」と立ち止まって
能動的に自分の人生をクリエイトしていくか

どちらを選ぶかはあなた次第です。

 

 

 

 

 

 

眞鍋 舞

あなたを悩みから解放して、よろこびに導く専門家。高校教師(理科)を経て、セラピストの道に入り2007年に起業。10年間で5000名以上のカウンセリング経験あり。自身の人生迷子経験から、日々、心のお手入れをする必要性に気づく。「自分を幸せにできるのは自分」をモットーに、自分で自分を悩みから解放できる人を育てています。